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織田歯科院長の日記
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大津の宿を離れると、閑静な住宅地となったところを旧東海道は通っている。


そのいわれは分からぬが、立派な神社太田神社脇を通る。大分散っているが、鳥居を覆うように桜の花が咲いている。見事だ。

更に大養寺脇も通る。お寺の入り口には黒板があり「苦しみを嘆く人あり 苦しみを活かす人あり」とよい言葉が書いてある。苦しみに出会うたびこの言葉を思い出したいと思う。



そばの掲示板には「人という字をみてごらん 両方がささえあって立っている 生かされ生かして生きている」とある。なるほどそうだ、読みやすい感じのよい字で書かれているなぁ。


 さらに歩いていくと、古風な商店を見る。さすが湖国、魚釣道具と結納用品が一つの店舗で扱われている。


 瀬田の唐橋が近づく頃、風変わりな意匠の建物を発見した。なんとなく中華風の建築だ。中華料理店かと思い、確かめてみると個人のお宅でした。


瀬田の唐橋を渡る。堤防の桜が川面に映えていた。

大津と草津の中間地点あたり、一里塚跡と記された大きな石碑があった。
「一里塚跡 一里塚は徳川幕府が旅人の目印に江戸の日本橋を起点として、東海・東山・北陸の三道に一里ごとに設けた塚です。ここにあった一里塚は、東海道の大津と草津の間に位置するもので、大きな松の木が植えられた塚でしたが、惜しくも明治末期に取り除かれました。その場所は旧道と広い市道の交差している地点にあります。現在の一里山という地名が一里塚のあったことを物語っています」と記されている。実はこの地域市街化が進み、旧街道よりは立派な通りが錯綜して東海道を見失いそうでした。この石碑のおかげで今歩いている道で間違いないことを改めて確認出来ました。一里塚そのものは現存しないものの、あったことをことを大切に思い、このように立派な石碑が建てられていることは意義あることと思えます。
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